2026-08-18

log

日記帳を開く気になれなくて2日くらい空いちゃった。まあ………しかたがないか………
なんかずっとメンタルの下降つらみ抜きという感じの体調で、ぼんやりしてしまっている。ブレインフォグっていうんだろうか。


引きこもるためのSNSを作ろうと思って、ClaudeCodeと一緒に組み立てている。たのし〜が、本当にコードを見なくてもどうにかなってしまい不安である。
一応なけなしのエンジニア知識でツッコミを入れたりエンジニア好奇心でどういう技術なのか聞きつつやってる。
日本語で指示すればだいたいこっちの意図を汲んでコード書いてくれるの、だいぶ魔法寄りの技術ではあるけど、万能ではないので人間も頑張らないと実装の抜け漏れが多い。だいぶ疲れる。
極限まで機能を削ったTwitterみたいなのを作ろうとするだけでも、コードを書いてないのにもかかわらず割と時間がかかるので、これAIがなかった時代は全部設計から手作業だったのか………と戦慄してしまうな。

マジで頼らないと回らないくらい人手のなさと厄介さがエグいので、仕事では生成AIがもはや必需品と化している。
だからこれからも手が届くくらいの値段と使い心地のコーディングエージェントはあり続けてくれないと困るんだよな〜。できればClaudeくんにがんばってほしいよ。
でもクラウドAI大手はみーんな外国企業なので、円高とか国際情勢とか考えるとどうなることやらって感じだ。


世の中、生成AIと聞くとそれだけでキレ始める人たちがまだ一定数いて、そういう人たちってAIを悪と断じ、使ってる人たちを無条件で冷笑することは自分たちは許されているみたいな言動なのがだいぶ厳しい。『使わないことがえらい』みたいなの、すげえ嫌だ。

確かにわたしもAIの絵をそのまま出している自称AI絵師は好きではないし、pixivにAI絵を出しているのを見るとドン引くし、AIが出力した文章をそのまま有料記事にしてるのを見るとマジか〜ってなるし、『非エンジニアが』とか『一文字もコードが書けないが』とか言いながらバイブコーディングの記事書いてる人見ると受け付けない気持ちになるけど。

でもそういうのを見ると起きる感情って「最大公約数を選び出してくるだけの機械が出してきたものを、アレンジすることなく『作品』と言い、それを『個性』の発表の場に出すこと」に対する嫌さであって、そういうのをアホほどぶっ叩いていいとは思わないんだよな。
あと最後のはどちらかというと不安になりませんか?コードは書けなくていいんだけど、『コードは書けません!』って声高に言いまくるようなマインドの人が作るプログラムって大丈夫なのか?

ともあれ、AIとそれへの関わり方に関する倫理的な是非を語ろうとするポーズを取りながら、その道具を使っている他人をただただ感情で叩きのめしたいだけの人間ってものすごく筋違いである。
AIは道具なんだから、使い方の是非を問うべきもので、それを使う/使わないで人間や作品をラベリングするものではないはずだ。
苦手なものやできないことの補完やアイデア出しの一助、苦しい作業を一瞬で片付けるための便利なツールとして使うんだったら大いに結構でしょう、それは自分を豊かにする道具として使っているんだし。


以上、ブルスカで見かけた苦手な言説へのお気持ちでした。おやすみなさい。

0