yokohama

わたしの好きな街:横浜

理由はわからないが、どうにも好きでたまらない。


きっかけはものすごく分かりやすい。
ヒプノシスマイクというキャラクターラップコンテンツにどハマりし、推しがヨコハマ・ディビジョンのヤクザだったからである。
結局ヒプマイからは色々あって離れてしまったんだけど、彼の愛している横浜のことは未だに好きだ。


わたしは海はおろか川すら近くにないような平野のはしっこの街で生まれ育ったので、「海辺の街」にどこかうっすら憧れがある。
でも憧れだけがこの感情のすべてなのだろうか、と言われるとなんだか違う気もする。

日本は島国なので、東西南北どこに向かってもいずれ絶対に海にぶち当たる。海辺の街はある意味でそこから先は歩いて進むことができないひとつの『果て』であり、「ここではないどこかへの入り口」と言ってもいいような気がする。
海が近くにある街になぜかえも言われぬ感傷を感じるのだが、ひとつの理由に「ここではないどこかの空気」を感じているからかもしれない。海と陸の境界点が街であり港である。
みなとみらいから山下公園まで歩みを進めれば埠頭はもうすぐそこだし、歩いている間隣に広がっている海の上にはどこかへのびる高速道路の橋がかかっている。
東京湾を進んでいく舟も見える。ここは今でも誰かが海へ出ていく玄関口である。
実際はそこを走る車も舟も東京湾から出ていくわけではないものが大多数なのだろうが、それでも「ここではないどこか」へ行けるのだろうという感傷を見ているものに想起させるには十分だと思う。
この街は開港以来、海の向こうへの入り口であり続けている。

定期的に横浜ベイエリアへ行って景色を眺め、この郷愁じみた感情を爆発させないとやっていけない心地になる。ここで感じているもので一番近いのはどうしてか『郷愁』なのだ。
別に故郷でもなんでもなく、親類に神奈川出身の人間もいない。でも込み上げるのは懐かしさ。本当にどうしてなんだろう。


地図を見るとめちゃくちゃびっくりするが、横浜市はひとつの市というにはあまりにもバカでかい。
海辺でない部分のほうが圧倒的に広く、『横浜』と聞いて想像する場所は本当に細い線ほどのエリアである。わたしが好きなエリアもここなので、結局ミーハーなファンであると言われると否定ができない。実際そうだし…

きっとキラキラとした観光地であり、歴史のある開港の地であり、異国情緒も持っていて、なんだかやたらカッコつけているように見えるこの街の表象が好きでたまらないのだと思う。夢を見ているのかもしれない。
チャイナドレスが好きなのも、中華街をそれに似合う格好で歩きたかったからだし、この街が似合う、この街に見合う女でいたいんだよな。
これはさっき書いた『海辺の街への憧れ』じゃなくって、『横浜という街への憧れ』だと思う。


一時期横浜に住んでいたことがあって、行こうと思えばみなとみらいはいつでも行けた。実際よく横浜駅から臨港パークを通って山下公園まで歩いていた。
なんなら家の前からコスモクロックというあのバカデカい観覧車をよく見ていた。

だけど実際近くてすぐ行けると思うとあんまりこういう感情は湧かなかった。
やっぱり郷愁とか憧憬は遠くの存在に抱くものなのかもな。

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