episode

最近気づいた苦手なこと

わたしは「解釈」ができない。

思うに「エピソードの価値」にピンときてないんだと思う。
ここで言うエピソードは、「ある時間の個人の会話・行動・場所を切り取ったもの」といった意味合いで使っています。


最近Fate/Samurai Remnantというゲームをやってるんだけど、サブクエが頼まれごと→江戸の街中に出てくるごろつきや怪異と斬り合い→助かったので目的のものをもらうという流れでほぼ一貫していて、なるほど、サブクエってこういうのでいいのか…無理にキャラクターの掘り下げをするように要素を盛らなくても、一定の形の中の短い話でキャラクター同士の掛け合いが見られれば、結構キャラクターのことがわかるな…と思った。
キャラクターは喋らせてなんぼで、別に凝ったことをしなくたって物語は楽しくなるのだ。その中に想像の余地が生まれるのだ。これがたぶんエピソードなんだと思う。

エピソードついでにわたしは結構「エピソード記憶」が弱い自負があり、話の引き出しになるような些細な思い出というのがさっと出てこない。1日の大半をぼんやりと過ごしているせいかも。覚えているときは覚えているのだが。
家族や何十年来の友人が本当に記憶のない幼少期エピソードを話してくれると、まったく別人の話を聞いている心地になる。なんかよくわからないけど高校以前の記憶が不思議なくらい曖昧で、聞いていると今の自分と全然性格が違っている。どこかで頭を強く打ったんだろうか。
日記もここ半年くらい書いてアップしてるけど、これはどちらかというと「こういうことがありました」っていう報告よりも、「更新しているので生きています」という意味合いが強いから、日常エピソードが実はそんなにないんだよな。ゲームや小説でこういうの見ました!ばっかり書いている。

なんなら他人のエピソードトークを聞いても「へえ〜」以上の感想が出てこず、掘り下げるのが異常に苦手だ。
興味がないわけじゃないんだけど、そこから何を展開させればいいんだろう…と思うと、人生の早い時期から話しかけ方もわからなくなって、本当にめちゃくちゃ受け身の人間に育ってしまった。これはそういう感覚があるので記憶がなくても確かだ。最近はこれでもだいぶマシになってきたが。

仲良くなれば君の生き様は全て面白い、と思うのでこれも違ってくるのだが、それでも「世間話」に乗れていない自覚がある。
楽しいは楽しいんだけど、果たして相手は楽しく思ってくれているか。


結局やっぱりエピソードってわかっていない。でも物語はエピソードの積み重ねでできている。じゃあなんでこんなに理解できていないと繰り返す割に物語を読むのが好きなんだろうか。

わたしはエピソードをエピソードとして受け止め、読み込み、それを言語化する力はあっても、それを分析して発展させる力がまったくないのだ。
そうだとまったく二次創作が出来ないことにも納得がいく。キャラクターのエピソードから「こういう人なんだ」っていう奥行きを考えることができていない。物語内の行動を解釈して自分だけの独自の像として練り上げることがまったくできない。でも数週間前までできないという認識すらなかった。なぜならわたしは「文章を読み」「読んだ結果を出力できる」から。

これなんだよな、「エピソードを受け止めて言語化すること」と「エピソードを受けて独自の解釈をして自分の理想を作り上げること」は全く別の能力で、わたしは今前者しかできていない。
自分で書いた文章を読み返してみても、コンテンツを摂取して受け取ったものをそのまま書いて、これってすごくないですか?!というようなことしか言っていない。感想ならそれでいいんだけど、俺はもう一歩先に行きたいよ。

要はものすごく潰しが効く「言語化力」一本勝負でやってきたため、なんとか創作世界にいられたんだけど、思い返すと創作のための大事な能力が抜けていた、ということだった。これが最近気づいた苦手なこと、というか自分の中の欠落。
まあでもここで読んでる本がすごく参考になるというか、分析力って後からでもいくらか手に入るものらしいので、頑張ってエピソードを解釈できるようになりたい。
きっともっと物語を豊かに楽しめるようになれるはずだから。

0